事例(ロールモデル)

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保育士として働いていたが、結婚を機に退職、夫の自営業を手伝う。1998年、31歳のときに子育て情報誌「びぃ?んずキッズ」を主婦の仲間と創刊。当初情報発信が目的だったが、子育てに関わる支援が求められていることを知り、子育て支援を行うNPO法人を2001年に設立。行政や企業と連携しながら女性も働ける場所、労働の対価を支払えるNPO活動を実践。(40代)
保育士、自営業、情報誌発行の経験を生かした子育て支援~大谷清美さん
大学で地域開発に関心を持ち、卒業後は地方公務員になる。ジェネラリストであることへの違和感と国際協力への関心から、青年海外協力隊でアフリカへ。国連ボランティアも経験後、英国の大学院で開発とジェンダーを専攻。国際協力機構(JICA)の専門家として再度アフリカのプロジェクトに携わった後、国際開発学で博士号を取得。現在は、大学で国際開発を教える。
地域開発への関心から、地方公務員、国際協力を経て、大学教員に~甲斐田 きよみ(かいだ きよみ)さん
日本女子大理学部で物理学を専攻。卒業後、大手印刷会社附属の基礎研究所に就職。勤め始めてから約10年、現在は液晶テレビ用部材である「位相差フィルム」の開発を担当しています。同じ会社の研究員である夫と結婚し、3年前に出産しました。産休後すぐに職場に復帰。現在は、子育てをしながら研究の仕事を続けています。(30代)
ものつくりのおもしろさに魅せられて~企業研究員 関根(田崎)啓子さん
高校を卒業後、公務員試験を受けて県職員として就職。県下の統計データにかかわる仕事や、経理、パスポート発行、秘書などの仕事を務めてきました。現在は熊本県男女共同参画センターの職員として、女性のための講座の運営、情報提供、相談など、男女共同参画社会づくりにかかわるさまざまな事業に携わっています。
コツコツと積み上げてこそのキャリア~公務員 飯尾聡子さん
大学卒業後、鶴ヶ島町(当時)職員に。経済課農政担当として専業農家の女性グループ「ひまわり会」と出会う。職場を異動しながら、結婚・出産。政策推進課に異動し、男女共同参画担当となり、大学院に進学。2005年『国立女性教育会館研究紀要』第9号に「ひまわり会」についてまとめた実践事例報告が掲載される。その後税務課を経て、2007年4月、鶴ヶ島市女性センター館長に就任。(40代)
市役所で働き続けて、女性センター館長に~地域での男女共同参画推進に取り組む~中野波津巳さん
山口県出身。短期大学卒業後、都内女子大学に編入し生活芸術を専攻。山口県庁入庁。生活改良普及員として、農山漁村の現場や県庁で農山漁村女性の自立、社会参画を推進する生活行政を担当。その後、市町の消費者行政の支援など、消費者行政にも関わる。県庁内で、女性職員を中心に庁外の女性ともネットワークを構築。山口県男女共同参画会議の発足当時から会員となり、行政職員として支えた。2006年消費生活センター所長を最後に県庁退職。現在、NPO法人やまぐち男女共同参画会議理事長。県立大学で非常勤講師も勤める。(60代)
生活改良普及員の経験をもとに男女共同参画を推進~相本艶子さん
大阪府出身。大学に進学後、企業に就職。2年後に退職し、「つくば科学万国博覧会コンパニオン」となる。その後さまざま職を経て、大学図書館の嘱託職員(司書)に。1994年大阪府立女性総合センターを管理運営する大阪府男女共同参画社会づくり財団(現大阪府男女共同参画推進財団)職員となる。働きながら大学院に進学し修了。現在、大阪府男女共同参画推進財団企画推進グループアシスタントディレクター兼情報総括チーフ。(40代)
女性センターライブラリーの情報エキスパートとして働く~木下みゆきさん
大学の建築科を卒業後、不動産会社や設計事務所、工務店に勤務。さらに自分の設計事務所を経営し、さまざまな経験を積み重ねてきました。現在は、一級建築士として住宅販売会社に勤務し、リフォームを担当。建築の技術だけでなく、人とのふれ合いやコミュニケーションを大切にしながら、設計・設備の仕事をしています。(40代)
人とふれあい、仕事を深める~建築士 金野美穂さん
専門学校で簿記を勉強。結婚後23歳から市原市の商工会議所に勤め、58歳の退職まで36年近く男性中心の職場で職業生活を継続。プロジェクトのスタッフになるなど、行政関係者、女性団体関係者との交流を深める。1996年50歳で女性では全国初の商工会議所専務理事となる。58歳で退職。地域の女性代表の一人として退職以前から、市原市の条例づくり委員会などに関わっていた。2006年には「市原市男女共同参画社会を進める市民の会」を立ちあげ、会長として活動。(60代)
商工会議所管理職の職業キャリアから地域の男女共同参画活動へ~羽鳥シズ子さん
短期大学音楽科専攻卒業後、1984年千葉県内市立中学校着任。音楽と英語の教科を担当し、初任から16年目に千葉大学において種教員免許状を取得する。2校目の中学校で庶務副主任、3校目で進路主任、学年副主任、学年生徒指導担当を務め、4校目で学年主任、副教務主任、保健主事を務める。2014年4月より3年間国立女性教育会館に勤務。(50代)
女性中学校教員としてのキャリア形成 ~ 中光 理惠(なかみつ りえ)さん
小さい頃からアフリカに憧れ、海外青年協力隊の募集を見て看護師を志す。看護師として働いた後、保健師学校へ。卒業後、海外青年協力隊でマレーシアに派遣。その後日本国際ボランティアセンターでカンボジア派遣、国際協力事業団でマレーシア派遣を経て、カナダに移住。トロント市で看護師や保健師として約15年勤めた後、東日本大震災被災地での復興支援活動を契機に日本に戻り、現在は大学で公衆衛生看護学を教える。
途上国で働くことを夢見て保健師に、海外で働いたのちに日本へ~杉江 美子(すぎえ よしこ)さん
大学でドイツ語を専攻した後、外資系銀行に就職する。女性が補助的な業務しか担当できないことに疑問を感じ退職。米国公認会計士資格を得て、46歳で監査法人に勤務。企業法務のスペシャリストとして活躍していた2012年に卵巣がんを発病。抗がん治療と手術を経て社会復帰の道を探る過程で、リンパ浮腫の症状を緩和するための弾性着衣を販売する「リンパレッツ」を起業し、現在に至る。
企業勤務の後起業 がんサバイバーのためのオアシスをつくりたい~大塚 美絵子(おおつか みえこ)さん
兵庫県生まれ、名古屋育ち。高校時代の短期留学で英語嫌いを克服、大学で「学ぶこと」が好きになる。教育に関心を持ち、米国の大学院で日本語教育を専攻。在米日本領事館の日本語教育専門調査員として、日本語教育を推進する事業に携わる。IT教材の必要性を感じプログラミングを学び、練習で立ち上げたコーヒーのサイトが米国で有名に。現在は日本に拠点を移して活動している。
日本語教育の専門からITを勉強して、米国で有名サイトを運営する個人事業主に~岩田 リョウコ(いわた りょうこ)さん
1995年に大学卒業後、東武鉄道株式会社に総合職として入社。関連事業室、総務部を経て、経営企画部在籍中の2004年に出産。約1年育児休職後、フルタイムで復帰。その後、経営監理部、財務部、ビル事業部、グループ会社出向を経て、2016年から人事部課長。現在は自身の経験を生かして、出産後の女性社員の活躍に取り組み中。
鉄道会社の人事部課長として働く 吉田 恵子(よしだ けいこ)さん
女子大学卒業後、銀行系のシステム会社に事務職として採用。人事部で勤務。3年後、子会社立ち上げに伴い現職の元となる部署へ異動。現在42歳で、6歳と3歳になる2人の娘と同い年の夫の4人暮らし。会社は入社20年目となる継続勤務で、2回育児休業を取得して復職しています。仕事は、人事給与部門のアウトソーシング事業で、顧客企業の人事、給与計算業務や年末調整などを担当しています。育児休業中につながった地域カフェで家族向けのワークショップも行っています。
悩みながらワーク・ライフ・バランスを図りつつ就業を継続する ~ 会社員 鈴木由美子(すずき ゆみこ)さん
堤香苗さんは、神戸で女子の中高一貫学校を卒業後、東京の大学で演劇を専攻。在学中からラジオやテレビのアナウンサーとして活躍。卒業後、演劇の道を目指すが、フリーアナウンサーに転身。自身の育児がきっかけとなり、地域で子育てをする多様な立場の女性や子どもを対象としたイベントを開催。その後、女性たちのネットワークが広がり、イベントやマーケティング事業、女性の在宅ワークを支援する株式会社キャリア・マムを立ち上げる。現在は新たに女性の起業支援も展開している。
フリーランスから「自分らしく働きたい女性」たちのニーズを事業化 ~ 株式会社キャリア・マム代表 堤 香苗(つつみ かなえ)さん
大阪府出身。大学の外国語学部を卒業後、外資系企業に就職。結婚を機に転職。出産後もさまざまな会社で仕事を続け、現在は自動車製造会社の生産部門で女性初の管理職として働いています。4歳の娘を抱え、ベビーシッターなども活用しながら、バレーボールやNGO活動にも積極的に取り組み、NGO国際女性の地位協会理事も務めています。(30代)
自身のキャリアの追求と女性の地位向上の社会活動をともに~会社員 田中恭子さん
ゲーム会社のプロジェクトマネージャー。携帯電話のゲームを開発するプロデューサー。大学では工学部の応用化学を専攻し、アルバイトで小学生に塾で理科を教えました。大学3年のときに阪神淡路大震災を経験し、生き方を考え直します。そしてゲーム会社に就職、2度職場を変わり、結婚し子育てをしながら、現在も、ゲームの開発に取組んでいます。(30代)
自分の経験をゲーム開発に生かす~樋口尊子さん
株式会社資生堂R&D企画部学術室室長。名古屋大理学部化学科を卒業後、資生堂に入社して、化粧品の安全性評価から始まって、紫外線とサンスクリーンについて研究を続けました。現在は主に皮膚科の医師に向けて、化粧品の知識や使い方を広報する仕事をしています。(50代)
ずっと続けられる仕事を~人を美しくする仕事の楽しさ~長沼雅子さん
(株)長瀬建設建築部課長。宮崎県都城市生まれ。福岡工業専門学校卒。福岡市の住宅メーカーに2年間勤めた後、二級建築士を取得し、父の経営する長瀬建設に入社しました。その後インテリアコーディネーター、一級施工管理技師の資格も取得。現在一級建築士を目指して勉強しています。(20代)
住宅を作る~お客さまの気持ちに立って現場とつなぐ~長瀬真里子さん
日本女子大学附属高等学校教諭。担当は物理。中高大学一貫の女子校で過ごし、学生時代の10年間、合唱にうちこみました。大学では物理を専攻し、大学院修士課程に進学。教員となり、高校生に物理を教えるほか、2002、2003年には、教員教育分野の専門家として、アフガニスタンの女子教育支援プログラムに関わり、カブールを訪れ、物理教育指導を行いました。(60代)
結婚、子育てをしながら物理の教員として教え続けて~教員の仕事はいつも新しい~田中若代さん
コニカミノルタビジネスエキスパート株式会社CSR推進部ブランド推進G(グループ報編集部)インナーコミュニケーションチーム、チームリーダー。高等専門学校を卒業し、コニカミノルタ(旧コニカ)に就職。当初は磁気テープの開発をしていたが、自分が研究に向かないと分かり、社内のチャレンジ制度を利用して異動。現在は社内報で情報を発信し、社員一人一人が社のブランドイメージを体現しつつ、楽しく、活き活きと働く環境をつくるために、コミュニケーションの側面から何ができるかを考えています。(30代)
研究職から広報へ~自分が輝ける場所は必ずある~高橋説子さん
山口県下松市生まれ。長く暮らしてきた柳井市を拠点として、劇団で俳優として活躍しながら、地域の文化・芸術の振興を目的としたNPO法人「IKACHI国際舞台芸術祭」の運営を担っています。幼稚園教諭でもあります。(30代)
舞台芸術を通して、地域とコミュニケートする~幼稚園教諭、女優、そしてNPO活動~西田純子さん
市議会議員を約2年間務めた後、県の再就職講座を受講しながら就職活動を開始。年齢の壁にぶつかりながらも、前から参加しているNPO法人「しんぐるまざあずふぉーらむ」の仲間の紹介で、アディクションやメンタルケアに関する研修や出版を手がける会社に就職しました。充実した毎日を送りながら、次のステップアップを計画中です。(30代)
女性弁護士との出会いをとおして、自分らしく生きる勇気と術を~出版社勤務 木村 由里子さん~
夫の勤務地として訪れたアメリカで、外国人に日本語を教えることに関心を持つ。帰国後、日本語教師養成講座を受講。日本語教師の資格を取得。現在は、私立大学の国際センターに契約職員として勤め、留学生の相談業務や、留学生のための学内システムの整備にあたっています。(50代)
日本語教師から外国人学生支援へ~私立大学職員 明子さん(仮名)~
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