初期キャリア
鈴木さんは、高校と同じ系列の女子大学に進学しました。大学では女性の自立についての講義もありました。小学校に入った頃からパートで働いていた母の代わりに家事を主体的にするなど、誰かのために動くことは好きでした。
就職先には特別のこだわりはなく、内定を得た銀行系のシステム会社に入社、SE主体の会社で人事部に事務職として配属されます。同期は30人ほどで女性は約半分。鈴木さんより上の世代は結婚や妊娠で辞める人が多かったが、鈴木さんの世代では育児、出産を理由に退職する人は少なくなり、さらに下の世代は続ける女性が増えているそうです。
社会に出るということは、未知の世界に入って頑張るというイメージを持っていました。人事部に配属となり、最初は採用を、その後は社員研修を担当します。25歳になる前、新しくつくる関連会社の準備室での仕事に変わることになります。しかし研修に向けてはりきっていた鈴木さんは、頑張って仕事をしているのになぜ異動になるのか疑問でした。突然の異動命令に、自分は戦力として期待されていなかったのかと落ち込みます。退職しようかとまで悩みましたが、それでは自分が逃げていることになるという気持ちが生まれ、ともかく新しい仕事にチャレンジし、それで駄目ならそれから考えようと、異動を受けました。
新しい仕事は、人事給与業務です。勉強もかなり必要で、精神的にも肉体的にも大変でしたが、新しい会社をつくるという目的で社内から集まった人たちと互いに協力しながら進めることができました。
結婚と出産と仕事の優先順位
2001年、26歳で同じ会社の男性と結婚します。家事全般は鈴木さんが担当しました。夫はやらせているという意識もなく、何となく鈴木さんが主として家事を担ってきました。
勤務先は都内で、転勤はなく、1年を通じて毎月年末調整に向けて仕事をすすめます。仕事も人事給与業務のアウトソーシング事業となり、何社かの担当を持ち、子どもを持つ前は責任者として毎月顧客訪問もしていました。20代は忙しく、夫婦ともに帰宅は深夜ということもよくありました。仕事の内容や自分の生き方の壁に当たった時には、このままの仕事ぶりでいいのかという葛藤はあったものの、20代後半から仕事が楽しくなり、仕事主体の生活を送ることになります。夫は子どもが早くほしいと考えていました。鈴木さんも子どもがほしいという思いはあるものの、タイミングや価値観の違い、自分の仕事継続が一時的にストップするということへの不安もあり、現状を維持したまま子どもを持つことができる男性とは捉え方が異なると感じました。変化を避け、出産時期を無意識に後ろ倒しにしていたと、あとになって思います。仕事ではいろいろな経験を積み、実績を残してからの出産でした。
育児休業と仕事への復帰
36歳の時に長女を出産します。長女の時に1年半、次女の時に1年、育児休暇を取りました。長女は10月に出産し、0歳で迎える4月ではなく、1歳半となった翌4月に認可外保育所に入れて復職し、出産前と同じ部署へ戻り、育児フレックスを使って5.5時間の時短勤務を利用しました。通常の勤務は7.5時間ですが、5.5時間、6時間、6.5時間、7時間の4つから選択できる制度です。通勤は約1時間、次女を出産後の現在も5.5時間勤務で、9時から15時半までを定時としています。
第1子は保育園激戦区のため、当初は認可外保育所でした。駅周辺は開発が進み高層マンションが建ち、子育て世帯が急増しています。第2子の復帰に際しては、きょうだい加算があり、二人とも初めて認可保育所に入れることができましたが、別々の保育園です。送り迎えは、朝は夫、帰りは鈴木さんとしていますが、特に朝は想定通りにはいかず、慌ただしくて状況次第な毎日です。
復帰後の悩みと復職セミナー
第1子の育児休暇から復帰すると、時間の制約で以前のようには働けないことへの戸惑いと、勤務時間が短いことへの申し訳なさの気持ちが大きく「いつもすみませんモード」で仕事をしていました。子どもを持つ前から、仕事のやり方の改善や効率化には取り組んでいましたが、出産後は限られた時間内に高いパフォーマンスをとげなければならないという思いがいっそう強くなります。より効率的に改善を繰り返すことで、仕事への取り組み方がさらに深まりました。
鈴木さん自身、復職前は仕事の責任者でしたが、復職してからは、グループの一員となり、労働時間も立ち位置も変化しています。ある程度経験を重ね、実績を積んでから出産しているだけに、今のこの働き方でいいのかという葛藤もありました。時短というだけで責任や役割が減少してしまい、もうちょっと役割や責任を与えてほしいと思いますが、「時短勤務は使い方が難しい」とか「急に休む」と言われないかと不安が募ります。
時短では戦力になりきれないのではと自分を精神的に追い込んでしまい、退職を考えた時期もありましたが、そのさなか、社内で育児休業復職者向けセミナー、女性リーダー育成研修を受講することになり、同じ立場や立ち位置の女性と思いを共有できたことが転機になります。セミナーでは、子どもとの時間も大切にしたい、仕事も続けたいとの思いを抱く女性が大半で、両方とも大事にしてよいのだ、という気持ちが共有できました。様々な葛藤を抱えて仕事をしているのは自分だけではないと感じられたのです。大切にしたい気持ちは大事にして、仕事を続けて良いのだと気づきます。悶々としているだけでなく、変えていく方向にエネルギーを使おう、と気持ちを切り替えることができました。
mmカフェ・ベビーカフェ・家族カフェ
時はさかのぼり、2010年の10月に長女を出産。育休の間に、転機となる出会いがありました。コミュニティカフェであるヘルシーカフェのらが、子どもを連れて来ることのできるスペースだと知ったのは東日本大震災後の2011年春。子連れで参加できるワークショップに参加したのがきっかけです。ある時そこで、子どもを産む前に、産後のことを知っていたら気持ちも体も楽だっただろうという話をしました。店主の新井さんがそれを聞き、マタニティの人とママになった人をつないで情報交換をしてはと提案。そこでお母さん(mother)と妊婦さん(maternity)からmmカフェというワークショップを始めることになり、復職するまで実施しました。mmカフェは1年ほどで終了し、赤ちゃん連れ対象のベビーカフェに変わっていきます。一緒にワークショップをやっているのは、鈴木さんと同じ年の第1子を持つ保育士。
その後、男性も巻き込まなければ何も変わらないという想いから、家族で参加してもらうことを目的に、2015年より家族カフェに変化します。子どもを持って働くというテーマの座談会にさまざまな人たちが集まるようになりました。マタニティとママをつなぐことから始まり、赤ちゃんにシフトし、次には男性を含め家族全体を巻き込まないと女性も子ども家族もハッピーにならないと、家族カフェを考えるようになったのです。時短勤務で思い悩んでいた時に、同僚たちと悩みを共有したことで前向きになれたことを重視し、家族カフェでは女性の悩みや戸惑いをテーマにした座談会や講座としました。家族みんなで楽しめるクリスマス生演奏コンサート、絵本セラピー、発達心理学の講義、保健の先生による性教育の講座もあります。「のら広場」という部屋を会場に、ランチを含めて2時間程度。20代から40代の子ども連れの参加者の悩みは、仕事を早く切り上げて家でやりくりするための時間、気持ちのゆとりの捻出方法、夫とのコミュニケーション、いらいらの解決法などが多く、自分だけが悩みを抱えているわけではないと実感できることが嬉しいと喜ばれています。夫婦参加の座談会企画では、参加した男性から、女性がどういうことで悩んでいるかわかってよかった、仕事を切り上げて育児も家事もしたいがうまくバランスが取れないという思いも聞こえました。
仕事に復帰してしまうと研修やセミナーを受ける時間がなくなるため、育休期間中はとにかく学びたいという強い欲求がありました。学びの場で出会った仲間と繋がりを継続し、安心を実感できていることは、とても大きな意味があると感じています。
コミュニティカフェである「のら」が家の近くにあることも鈴木さんにとっては大変意味のあることでした。出産後に震災があり、子どもを持つことで近所の人との繋がりが大事だということにも気づかされ、家族カフェでは地域との繋がりを深めることができるアプローチを考えています。
今後に向けて
今年、長女が小学校に入学します。4年生になるまでは時短の勤務ができますが、小学校では宿題もあるし、子どもと触れ合う時間も大切にしたいし、ということを考えると、忙しいままに過ぎていっていいのだろうかと悩ましく思われます。当面は、短時間勤務を続けながら、子どもの様子と仕事の仕方など、状況を見ながら考えていきたいところです。
仕事に復帰すると不満やイライラが増えることもありましたが、試行錯誤しつつ、第二子を持って、やっと夫とも分担出来るようになってきたと言います。
これまでの仕事をふりかえると、問題に直面してもそれを乗り越えた達成感や充実感を持てたよろこびが大きな力になっていると感じています。2015年の復職と同時に関連会社に出向しました。仕事の専門的な知識だけではなく、人と人とのつながりがあり、そしてコミュニケーションは全てにおいて必要で、自身が大切にしていきたい部分とのこと。
鈴木さん自身は比較的、仕事の達成感を持ったうえでの出産だったのは、さまざまな思いを想定できる点で良かったと感じているそうです。仕事も自分の暮らしも大切にし、限られた時間であっても、役割や責任を果たせるように取り組み続けていきたいと考えています。いくつになっても変化に対しては期待も不安も必ずついてくるものですが、振り返ると特に困難や苦労は全て自分のキャリアを積み上げるための好機だと実感している、と結びました。
(平成28年度インタビュー)