女性問題の学習からDV被害女性の支援へ~貝原己代子さん

女性問題の学習からDV被害女性の支援へ~貝原己代子さん
<プロフィール>
岡山県津山市出身。高校卒業後、公認会計士事務所と商社での勤務を経て、公務員の夫と結婚。専業主婦として二女一男を育てつつ、生協活動やPTA活動にかかわる。その後、岡山女性フォーラムに参加したことをきっかけに女性問題に取り組む。「日本女性会議’97おかやま」の事業部長をつとめたあと、市の条例づくりや女性議員を増やすための活動を積極的に行う。活動を通じて全国的なネットワークともつながる中で、DV被害者支援とその問題解決に強い関心を持ち、「NPO法人さんかくナビ」を共同で立ち上げる。現在は理事長として、DV被害を受けた女性と子どもへの幅広い支援活動を行っている。(60代)
貝原さんのこれまで
1963年 高校を卒業後、公認会計士事務所で働き、その後企業に勤務
1972年 結婚、3人の子どもを育てながら生協やPTA活動を行う
1986年 「岡山女性フォーラム」のシンポジウムに初めて参加
1995年 「日本女性会議'97岡山」の事業部長に就任
1998年 「女性を議会へ」の地方責任者に就任し、99年の統一地方選に向けて活動
2000年 「さんかく岡山」条例研究・普及研究グループ代表に就任
2001年 「DV防止サポートシステムをつなぐ会・岡山」運営委員長に就任
2002年 岡山市のさんかく条例成立(条例づくりに携わる)
2004年 「NPO法人さんかくナビ」を立ち上げ理事長に就任
2005年 岡山で初めての民間シェルターを開設し、デートDV防止プロジェクトを設立
女性問題の学習からDV被害女性の支援へ~貝原己代子さん
PTAや生協活動から岡山女性フォーラムへ

  津山市の高校を卒業後、公認会計士事務所に就職。その後、岡山市の織物機械商社での勤務を経て、28歳の時に公務員の夫と結婚しました。専業主婦として農家の義両親と同一敷地に住居を構え、3人の子どもの育児とPTAや生協活動に多忙な日々を送りました。生協活動では、岡山1号店の店舗づくりをてがけ、全国でも画期的な店をつくったと評価されました。地域ブロック長として全国各地で話をする機会も与えられ、活動の忙しさは増していきました。しかし、家族から外での活動について何か言われた記憶はないと言います。「8人兄弟の下から3番目だからか、あまり人に縛られたり言われたりすることを気にしていなかった」そうです。始めたからにはしっかり取り組んでやりとげる姿を見ていた夫は、活動が評価されているのを見て、仕方がないと認めていたようです。
  最初の転機は、小学生の子どもが不登校のような状況になったことです。児童相談所では「こうなるのは、お母さんの責任です」と言われました。良い子に育てなければと子どもに関心が集中していたことを反省し、「生き方を変えよう」とテニスや友人たちと食事会をしましたが満たされませんでした。
  たまたま友人に誘われたのが「岡山女性フォーラム」の講演会でした。フォーラムは当時、労働裁判の当事者や教員、マスコミ関係者や議員などキャリアを持った女性たちがメンバーでした。男女共同参画社会実現に向けて提言し行動することを目的とする「岡山女性フォーラム」に参加したことで、はじめて自分が女性だからという固定観念に縛られていたと気づきました。そこでの学習活動や新たな人たちとの出会いを通じて、さまざまな生き方を学び、自身も「個」として認められたいと思うようになりました。

全国的ネットワークとつながり、女性の政治参画の支援と条例づくりに奔走

  学習を実践に移した最初の大きな機会は、「日本女性会議'97おかやま」です。貝原さんは、岡山市と市民による実行委員会で共催した会議の事業部長を引き受けました。2年近い準備期間では、広報から講師交渉にいたるさまざまな経験を積み、女性たちのエンパワーメントの機会になりました。市民と行政が協議をしながら準備を進めていくなかで、当時はまだ行政の問題認識が低かった「女性への暴力」を分科会に加えたことは女性たちの活動の成果です。全国から3,000人余りの参加者を集めて大成功をおさめた女性会議からは、「拠点づくり」と「女性の参画」が今後の課題として浮かびあがりました。
  そこで、次の目標を女性の参画にすえて、岡山県内の議会に女性を増やす活動を立ち上げました。1998年、全国キャンペーン「女性を議会へ」の地方責任者を引き受けました。県や市・報道機関等からの後援を受けて開催された女性候補者を育てる学習講座「バックアップスクール」は、100人以上が参加し大盛況でした。1999年の統一選ではマイクを持って候補者の応援に回り、女性議員の誕生に貢献したことで議員とのネットワークも広がりました。
  1999年男女共同参画社会基本法が制定され、岡山市は具体的な施策を盛り込んだ条例づくりを市民と協働で進めることになり、貝原さんは、「さんかく岡山条例研究グループ」代表として取り組むことにしました。市民参加で条例を策定した先進地域のリーダーを招いたシンポジウムや市民の声を聴く会の開催、女性議員と連携しながら市議会の審議を傍聴するなどロビー活動を熱心に行い、活動を通じて、行政、議会やさまざまな市民団体、全国の女性団体やDV被害支援者などとのネットワークが広がっていきました。

横につながりながらDV被害女性の支援活動を展開

  条例づくりを通じてDVの被害者が行政の相談現場でたらい回しにされている問題に気づき、2001年に岡山ではじめてのDVに関するシンポジウムを開催しました。その実行委員有志を中心に「DV防止サポートシステムをつなぐ会・岡山」が結成され、初代代表に就任しました。会では行政関係機関や民間のネットワークを深め、当事者女性をサポートする体制の充実をめざすことを目的としました。つなぐ会で行う学習会からは、母子家庭等就業・自立支援センターや母子生活支援施設、児童相談所で起きている問題が見えてきました。その問題の解決につながる施策を、女性議員を通じて議会にあげていくことで政策提言にもつなげています。

DV被害者支援の団体「さんかくナビ」の立ち上げ

  女性の自立を阻む最大の問題がDVと感じた貝原さんは、DV被害を受けた女性を支援する活動を行いたいと考えていました。そんな時に、条例づくりで知り合った糸山智栄さんから誘われて、糸山さんが介護事業、貝原さんがDV事業を担当する「NPO法人さんかくナビ」を立ち上げることになりました。子どもセンターの事務職員であった糸山さんは、当時話題になっていた介護を職にした経済的自立をめざしていました。誘ったのは、必要ならけんかするほど責任を持ってやりぬく貝原さんとであればやっていけると思ったからだそうです。
  「さんかくナビ」のDVに関する主な事業は、岡山で初めて民間シェルターを開設し、それに伴う被害者(女性と子ども)へのサポートや、電話相談、啓発などです。
  デートDV防止も重要な事業です。岡山で初めてデートDVの裁判が行われた際に、被害の当事者やその母親たちに寄り添う中で、実態を知り、医者、警察、専門相談機関での二次被害の問題も根深いことに気づかされました。新聞記者と1年以上かけて関係者に対する聞き取りを行い、問題を社会に啓発する必要性を感じて、弁護士や思春期クリニックの医師も一緒に「デートDV防止プロジェクトおかやま」を立ち上げました。

岡山市から岡山県全域に、ネットワークを通じた活動の展開

  岡山市でDV被害者支援活動の土台を築いた貝原さんは、全国の団体や活動とネットワークを作りながら、県全域で活動を展開しています。2010年に岡山市のDV対策基本計画ができたあと、各市町村で開催されたサポーター養成講座で100人以上の市民が登録しました。登録だけでは実際の活動にむすびつかないので、各地にサポーターグループと地域の県民局と共同で実行委員会を作り、「さんかくナビ」がコーディネーターとして関わることにしました。個々人がばらばらに動くのではなく、団体を通じて情報を共有し、顔が見える支援を行うことで、より効果的で大きな活動を展開することができます。この活動を通じて、リーフレットの作成やシンポジウムの開催、シェルターの立ち上げ、市営住宅での支援活動などを地域のサポーターが担うようになりました。被害の実情やそこから抜け出た後の実態を知らせていくことも自身の役割だと考えています。


◆貝原己代子さんの掲載実践事例報告

「様々な事業の中でエンパワーメントできた:団体・関係機関との連携を通して」
『NWEC実践研究』 第6号

(平成22年度インタビュー、平成24年度追記し掲載)

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