自然に沿って自然からの恩恵を受ける
静かな里山に囲まれた田園風景。愛知県知多半島南部のこの緑豊かな自然のなかに、森川さんの「職場」はあります。
森川さんの仕事の、一方の軸は農業です。主な栽培作物は、じゃがいも・さつまいも・もち米・大豆。農薬や化学肥料は使っていません。
もう一方の軸は、グリーンツーリズム(緑豊かな農山漁村地域において、その自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型余暇活動のこと)。味噌や豆腐づくりなど、自家農園で獲れた農作物の加工体験や、「季の野の台所」を囲むように広がる森のなかでの自然体験(ツリーハウスや遊具づくり、キャンプをしながらの植物観察)などの受け入れをしています。
「ただ、増収を求めるだけ、コストを必要以上に削って経営の安定を図ることを最優先とする。そういう形にとらわれずに、自分で誇りと自信をもってみんなに食べてもらえる、そういう作物をつくりたい。」
そんな森川さんのよき理解者であり、ともに農業を営むパートナーは、夫です。夫はもともとサラリーマン。最初は2人そろって研修や農業講習会に参加していましたが、子どもが生まれた後は、森川さんが1人で参加し、夫は保育園を利用しながら子どもの面倒を見、森川さんをサポートする役にまわりました。
しかし、そんな夫も、1999年に会社を辞めて農業に転身。成果を得るのに2〜3年、場合によっては10年くらいかかる農業を続けていく上で、お互いが心強いパートナーです。
主な収入源は、流通に出す農作物の販売、グリーンツーリズム事業、加工品(玄米餅)の販売ですが、まだ黒字とまではいかず、夫のアルバイトで生活を支えています。ゆくゆくは農業一本で生計が成り立つようにと、多くの人に支えられながら模索中です。
しかしそんな苦労も、「生活していくなかでの悩みやストレスはもちろんあるんですけど、自然は全部そういうことを落としてくれる」といいます。また、グリーンツーリズムを通してできた、さまざまな人たちとのつながりの輪も、貴重な財産となっています。
農業へたどり着くまで
森川さんは、小さな頃から、同年代の友人と好みや価値観が違う、と感じてきました。でも、「十人十色」。人が右に行ったから自分も右に行かなくてはならないってことはない。だから高校に進学する際も、先生には普通科の高校を勧められましたが、裁縫や料理が好きで、家庭科の先生になりたかった森川さんは、家政科の高校へ進学しました。
続いて、大学の家政科に進学。ところが、夏休みに出身高校で事務のアルバイトをして、自分が思い描いていた教師像と現実との違いを目にし、悩み始めました。日々の業務のために時間に追われ、社会的な接点は少なく、若いうちから「先生」ともち上げられてしまう。そんな環境で自分の納得のいく生き方を貫いていく自信はないと考えた森川さんは、教師の道を諦めました。
大学卒業後、しばらくの間は、学生時代からのアルバイトを続けていましたが、やがて、母親の実家が経営する養鶏場の仕事を手伝い始めました。そんな頃、夫と出会い、1994年に結婚。
結婚とほぼ同時に、夫の父親名義の農地が道路用地買収にかかり、代わりに以前より広い農地をもらって、借地も含め耕作地がかなり増えました。そこで、養鶏場の仕事をしながら、夫と少しずつ農業を始めました。すでに実家で農業になじんできた森川さんにとっては、「まぁ、それも自然の成り行きじゃないか、という軽い気持ち」でした。
その後、同居していた夫の父親の理解を得て、自宅の隣にある農地を売り、もらった農地の周辺に別の農地を買って、農業用倉庫を建てました。農業を生活の基盤にしていきたいという森川さん夫妻の想いに、父親は大いに賛成してくれました。
学習講座の活用
農業の経営に悩んでいた頃、県の農業改良普及所で、女性起業講座のチラシを目にし、応募しました。これは、(社)農山漁村女性・生活活動支援協会の主催で、農業で起業をめざす女性を対象として、通信添削と3泊4日のスクーリングをおこなう講座でした。森川さんは、「農村の女性がただ農業の補助的な作業に従事して終わるのではなくて、自分らしい生き方を、農業のなかで仕事として起こすための方法」を得たといいます。また、すでに起業している女性の話を聞いて、「自立して起業し、経営者としての意識をつくる面で役立った」ともいいます。
他にも、農業に役立ちそうな講座は、どんどん受講しました。民間企業による微生物農法の講座。県の農業会議主催による農業簿記や農産加工の講座。講演会、経営相談、(社)日本農村情報システム協会による研修やIT講習、文部科学省・環境省主催の環境教育リーダー研修、農業女性のための子育て相談支援指導員の養成講座など。それから、グリーンツーリズムのための自然学校。今後も、勉強していく姿勢は変わりません。
さらなる展開をめざして
森川さんは、農業とグリーンツーリズムを「季の野の台所」という屋号を使って運営しています。「農業から軸足をはなさずに、もう1本の足で多方面の方と関わりながら、農業につながるような活動をしていきたい」と森川さんはいいます。
グリーンツーリズムをはじめたきっかけは、地元で教育関係の活動をしている人が、森川さんの味噌づくりに参加して、中学生にも味噌づくりや鶏の解体を体験させたいと提案したことからでした。それをきっかけに、森川さんは、少しずつ体験の受け入れを開始し、活動の手ごたえを感じていきました。
最近では、「季の野の台所」をさらに発展させて、「雑穀ばらまき隊」という企画も考案中です。都市住民が参加できる田んぼの作業や、自然体験、人との交流によるゆったりとした休暇といった、年間を通してのプログラムです。さらに、パンやピザを焼く石窯やログハウス、ヤギの乳搾り、チーズづくり。森川さんのプランは尽きることがありません。10年後の森川さんと「季の野の台所」がどうなっているのか、とても楽しみです。
(平成15年度インタビュー、平成17年度修正)