「特養ホームを良くする市民の会」の活動
本間さんが理事長を務める「特養ホームを良くする市民の会」は、特養ホームなどの第3者評価を中心として活動するNPO法人です。もともと任意団体として出発しましたが、施設の第3者評価をおこなうためには法人格が必要だったので、NPOへの移行を決めました。第3者評価ができる組織として東京都の認可を受けています。
特別養護老人ホームは、数は増えましたが質にばらつきがあり、しかも多くの場合、利用希望者がサービスの質に関する情報を入手することは困難です。このため、施設の第3者による評価の重要性がようやく認められるようになり、需要が増えてきました。とはいえ、第3者評価から得られる収入では、組織の運営に当てる費用を捻出することは困難で、収益を伸ばすことが今後の課題。
特養ホームの質を向上させるためには、関係者の関心を高め、お互いのコミュニケーションを円滑にすることも必要です。そこで機関紙「声」を発行し、入居者・ホームの職員・家族という3者間のコミュニケーションの増進や、市民・行政機関への情報提供もおこなっています。
また、学習会やシンポジウムの開催、関係機関への提言活動、それらの基礎となる調査研究もおこなっています。たとえば、2000年度から全国の特養ホームのデータを収集し「より良い選択のための特養ホーム最新情報」を出版。そのほか、相談の殺到を恐れて宣伝していませんが、相談事業は会の重要な活動で、多くの労力と時間、費用がかかっています。
老年学との出会い
大学卒業後、公務員として働き、夫の海外勤務に同行するため退職。その後帰国し、再び海外へ。再帰国したときは33歳でした。子どもも大きくなってきたので、自分のライフワークになるものを探し始めます。そして専門的な知識を身につけるために、図書館情報大学(当時)3年次に編入。途中、外国滞在や出産があったため、6年かけて卒業しました。このとき、卒業論文執筆のために特養ホームを訪問したことが、「老い」の問題に関心を持つきっかけとなりました。
訪れた特養ホームは、設備も整っていて、きれいで、働いている人も生き生きしていて非常に快適そうな環境でしたが、入居者個人のプライバシーがないことにショックを受けます。また、当時はまだ重要視されていなかった認知症の問題は、いずれ大きな社会問題になると予想されました。高齢社会ではホームは重要な役割を果たすことになるだろうけれど、果たしてここが、年をとっても最後まで自分らしく生きられる場所となるだろうか。さまざまな疑問がわいてきました。
特養ホームの実態調査から「特養ホームを良くする市民の会」の結成へ
「老い」の問題に強く興味を持った本間さんは、老年学を体系的に学ぼうと決意。日本で学べるところが少ないので、アメリカ留学まで考えた末、最終的にお茶の水女子大学で研究生となりました。
当時、特養ホームに関してはほとんど資料がなかったので、早速、特養ホームの実態調査をおこない、その結果を本にまとめました。しかし、出版を引き受けてくれる出版社がなく、自費で出版することに。いざ出してみると、ホームに関する情報がほとんどない状況だったために、大きな反響を呼びました。特に、日経新聞にとりあげられたことから、ホームの入居者やその家族からさまざまな相談が持ち込まれるようになりました。
ついに個人では対応しきれなくなり、1998年に2人の仲間と「特養ホームを良くする市民の会」という任意団体を結成しました。1人はアメリカで老年学の修士号をとった人で、雑誌の対談で知り合って意気投合しました。もう1人は、ある特養ホームの主任ケアワーカー(現在は施設長)をしている人です。
自分たちでホームを作るのでなく、ホームに関する情報提供を選んだのは「制度が重要」だと考えたからだといいます。1つのよいホームを作ることよりも、どのホームでも最低限のレベルが保持され、自分のライフスタイルに合わせた生活が送れるようにすることが必要で、そのためにはすべてのホームに影響する制度をよくすることが重要、そう判断しました。そして、制度をよくするためには、政治活動でなく、現場の人の声を表現し、市民の力を強くすることが自分に合っていると考えました。
探しあてたライフワーク—生涯学習としての大学教育—
本間さんがライフワークを探し始めたきっかけは、再就職を目指してかなわなかった経験から来ています。大学卒業後の仕事は夫の海外勤務のため中断。その後、子育てにひと区切りついて仕事を探しましたが採用されず、勉強しなおして、どこに行ってもできることを探そうと思うようになりました。
まず、年齢の壁を破るためには専門的な知識が有効だろうと考え、つくば市にある図書館情報大学(当時)に編入学。子どもが小さいときに遠くの大学に通うのは大変でしたが、ベビーシッターを利用し、夫の協力も得て乗り切りました。「ライフワークを見つける」という彼女に最初は不満を言っていた夫も、そのうち協力してくれるようになり、子供の世話、資金援助をおこなってくれました。
その後、「高齢社会における生涯学習」というテーマで卒業論文に取り組み、下調べとして訪問した特養ホームで、老人のボケに直面。老年学を体系的に学ぼうと思うようになり、大学の研究生となりました。
大学では、特養ホームの実態調査を開始。老年学は未開拓の分野なので、ある程度は自分で道を切り開くしかありませんが、高度な知識を吸収するために大学を選んだことは、有効でした。当時はまだ社会人入学の制度も未整備でしたが、研究生という立場は制約が少なく、やりやすかったといいます。
このように、ライフワークを見つけようと模索する中で、高齢者問題という鉱脈を探しあて、任意団体、NPOと活動の場を広げてきました。施設の実態や個別の経験に密着しながら、制度というより大きな問題を考えていくという視点は、今後もより多くの場で活かされるに違いありません。
(平成16年度インタビュー、平成18年度修正)